「球体組織」の中心で起こすケミカルリアクション 銀行員から上場企業社長、そして“愛と感動”の仕掛け人へ栁瀨聰氏 ロングインタビュー

かつて住友銀行(現・三井住友銀行)で猛烈なビジネスマン人生を送り、その後、駐車場業界でベンチャー企業を上場へと導いた栁瀨氏。現在は「IKデザイン」という屋号を掲げ、数多くの企業の顧問やメンターとして、人と人、企業と企業をつなぐ活動に奔走している。

「愛と感動」、そして「球体のような組織」。ユニークなキーワードで語られる氏の哲学と、波乱に満ちたキャリアの軌跡、そして人生の林住期にかける思いを伺った。

第1章:「IKデザイン」に込めた“球体”の哲学

―まず、現在の活動の拠点となっている「IKデザイン」について教えてください。非常にユニークなネーミングですが、どのような意味が込められているのでしょうか。

栁瀨氏: 実は「IKデザイン」というのは、私が勝手につけた名前なんです。法人組織にはしておらず、あくまで屋号として使っています。 この「IK」という言葉は、私の知人である佐野さんからいただいた言葉で、「愛(Ai)」と「感動(Kando)」の頭文字をとったものです。私の名刺にも小さく「愛と感動」と書いてあるんですよ。

佐野さんには冗談半分で「愛と金(Kane)じゃないか」なんて言われることもありますが(笑)、もちろんお金も大事ですけど、やはり組織やそこで働く人は、愛と感動を持って仕事ができたら幸せじゃないですか。自分が幸せなら、周りも幸せになる。極めて純粋な発想でこの名前をつけています。

―「デザイン」という言葉にも、強いこだわりをお持ちだと伺いました。

栁瀨氏: そうですね。私は「デザイン」という言葉にすごく関心を持っています。理想の組織をイメージする時、私は「球体」として捉えているんです。 これまでの組織論はずっと「三角形のピラミッド」の世界でした。

しかし、これからの時代は一人ひとりの個性が生かされ、心身ともに充実した「ウェルビーイング」な状態で人々が活躍する世の中にしていかなければなりません。

球体というのは、どこにいても誰もが必ず「中心」にいるという発想ができる形です。ピラミッドのような階層構造とは違い、人と人が球体のように繋がっている形をイメージしています。経営を発想する際、そのような組織体を作れたらいいな、そういうものを世の中に浸透させられたらいいな、という思いを込めて「デザイン」という言葉を使っています。

―その「IKデザイン」では、具体的にどのような活動をされているのでしょうか。

栁瀨氏: 基本的には、まさに「CR会(ケミカルリアクション会)」のように、化学反応(ケミカルリアクション)を起こすための良き触媒になることです。ビジネスマッチングを行ったり、たとえ直接的なビジネスにならなくても、世の中にプラスになることであれば応援するというのが基本姿勢です。

私が以前経営していた駐車場会社の創業者が、「ありがとうの一言のために」という言葉を大切にしていました。「ありがとう」と言ってもらうために、楽しく汗をかく。それが今の私の現状ですね。

第2章:銀行員時代とキャリアの転機

―栁瀨さんのキャリアの原点は銀行にあると伺っています。当時のご経験についてお聞かせください。

栁瀨氏: 私は大学卒業後、当時の住友銀行に入行し、49歳まで27年間在籍していました。そのうちの約10年間は大企業取引を担当するリレーションシップマネジメント(RM)の部署にいました。 銀行員時代にどの部署で仕事をしたかによって、その後のキャリアは大きく変わります。私はRMとして担当企業との太いパイプを作ることができました。

当時はまだ若かったですが、担当していた方々が後に偉くなられて、今でもルートが残っています。そのおかげで、今でも様々な企業のトップの方とお会いしたり、セッティングができたりするのです。

今日私が活動できているのは、この銀行員時代に培った人脈と、現在関わっているCR会やその他の会での繋がり、そして三井住友銀行(SMBC)を卒業して各界に散らばっているOBたちのネットワークのおかげですね。


―銀行員としての出世コースを歩まれていた中で、転機が訪れたのはいつ頃だったのでしょうか。

栁瀨氏: 私が入行したのは昭和51年、「就職冬の時代」と言われた年で、同期は127名しかいませんでした。オイルショックの影響で採用が絞られた世代です。 正直なところ、私はもう少し銀行の中で偉くなれると思っていました(笑)。しかしある日突然、「外に行ってくれ(出向してくれ)」と言い渡されたのです。同期の中で一番最初の転籍でした。

―最初の出向先は化粧品メーカーのノエビアだったそうですね。

栁瀨氏: そうです。当時、銀行のカルチャーとして「文句を言わずに行け」というのが当たり前でした。ノエビアが常盤薬品工業を買収し、その立て直しのために人材が必要だということで、当時のオーナーから頭取に依頼があり、私が選ばれたのです。 ノエビアには1年9ヶ月いましたが、非常に充実していました。

銀行員は普段、企業を外からしか見られませんが、初めて中に入って、しかもB2Cのメーカーです。コマーシャリズムをどう使うか、在庫管理をどうするか、工場の稼働率をどう上げるかといった議論を内部から見ることができ、すごい勉強になりました。

第3章:駐車場ビジネスへの挑戦と「所有」へのこだわり

―その後、駐車場ビジネスへと転身されます。ここにはどのような経緯があったのでしょうか。

栁瀨氏: ノエビアでの仕事は楽しかったのですが、「サラリーマンだけやっていてもつまらない」とも思い始めていました。そんな時に、駐車場綜合研究所(現・三菱地所パークス)の大嶋翼さんという方から声がかかったのです。 実はノエビアを辞めて大阪に行く際、銀行側は私のために次のポストを用意してくれていました。

それは年商4500億円規模の立派な会社のしかるべきポストでした。しかし、私はそれを断って、当時年商17億円しかなかった大嶋さんの駐車場会社に行くことを選んだのです。

―年商4500億の安定したポストを捨てて、17億のベンチャーへ。かなりの冒険ですね。

栁瀨氏: そうですね、どうなるかわからない会社でしたから。でも、その時の判断基準は「オーナーシップが持てるかどうか」でした。巨大な組織のサラリーマンとして終わるよりも、自己実現ができる場所を選びたかった。

大嶋さんは業界のカリスマと言われる方で、銀行時代からの付き合いでした。実は銀行員時代、私の担当先だった長瀬産業の大阪にある遊休地の活用案件で、大嶋さんを紹介したことがあったのです。

―その長瀬産業の案件が、お二人の信頼関係のきっかけになったのですね。

栁瀨氏: ええ。長瀬産業の本社ビルの隣にある土地で、本業のビルは素晴らしいレンガ造りなんですが、その横にショボい駐車場を作ったらバランスが取れません。かといって立派な建物にすると投資がかさむ。そこで大嶋さんが外国人デザイナーなどを起用して、低コストでも見栄えのする駐車場を提案したのです。

これが大成功して、大阪まちなみ賞に選ばれました。安藤忠雄さんがプレゼンターで、長瀬産業さんが表彰を受けたんです。駐車場がそんな賞を取ることなんて後にも先にもないですよ。初年度から黒字でしたし、長瀬さんも非常に喜んでくれました。

―そうしたご縁があって入社され、その後、社長として会社を上場まで導かれました。

栁瀨氏: 私は専務として入り、その後マザーズ(当時)へ上場させました。上場の翌年から社長になり、7年間社長を務めました。その後、ファンド(アスパラントグループ)に売却し、さらに数年後にファンドが三菱地所へ売却しました。

トータルで17年半、駐車場屋をやっていました。この間に上場も経験し、ファンドへの売却(Exit)も経験した。非常に濃い経験でした。結果として、会社を売却したことで多少の資産もできましたから、今はこうしてボランティア的な活動も含めて、比較的自由に動くことができているのかもしれません。

第4章:スーパーコネクターとしての現在、そして未来への投資

―現在は様々な企業の顧問をされていますが、特に注力されている分野や企業はありますか。

栁瀨氏: 顧問先はいくつかありますが、面白い技術を持っている会社を応援しています。例えば、「バリュークリエイション」という会社があります。ここの錆止めと防水の技術がすごいんです。

機械式駐車場のパレット(車を乗せる台)は、特に北海道などの雪国では融雪剤の影響ですぐに錆びてしまい、交換すると1枚100万円もかかります。しかし、この会社の錆止めを塗ると、錆の進行が止まるんです。また、特殊な材料を使っているので「追従性」があり、鉄板がたわんでも塗膜にヒビが入りません。

防水に関しても、従来の「膜を作る」タイプではなく、コンクリートに「染み込む」タイプなので、表面が傷ついても水漏れしません。しかも植物由来で体に害がなく、施工時の養生も少なくて済むので、工期も短縮できてコスト競争力がある。

―技術的に非常に優れていますね。そうした企業をどのように支援されているのですか。

栁瀨氏: まずは企業の「供給責任」が果たせるかをチェックしました。どんなに良い商品でも、会社が潰れたり、生産が追いつかなかったりしては迷惑をかけますから。工場まで見に行って確認し、これなら大丈夫だと判断したので、11月から正式に顧問になりました。

私の役割は、こうした素晴らしい技術や会社を、私のネットワークを使って必要な企業や人に繋ぐことです。例えば、私が顧問をしているファンドの投資先企業とマッチングさせたり、大企業の探索部隊に紹介したりすることができます。

―大手企業の探索部隊へのルートをお持ちなのは強みですね。

栁瀨氏: 大企業は今、自社の本業や周辺事業に役立つ技術や会社を必死に探しています。私は銀行時代のルートがあるので、それぞれの企業がどういう方針で投資先を探しているかを知っています。

ベンチャー企業にとっては大手へのアプローチは難しいものですが、私が間に入ることで、資金調達や業務提携、コンサル契約といった様々な形でのコラボレーションを生み出すことができます。私が紹介するからには、私自身が腹落ちして、双方が喜ぶ形になるよう慎重に進めています。

―まさに「ケミカルリアクション」ですね。一方で、ご自身の出身である駐車場業界に対しては、現在どのような思いをお持ちですか。

栁瀨氏: 駐車場業界向けには駐車場改革推進協議会(Cappi:Car Parking Promoting Initiative)という活動に関わっています。これは駐車場というキーワードで集まった人たちの集まりなのですが、理想は高く、「駐車場から街づくりをやろう」という発想を持っています。

これからの時代、モータリゼーションがさらに発達し、空飛ぶクルマなども出てくるでしょう。その中で駐車場は単に車を停める場所ではなく、街の「ハブ」のような機能を持つようになるはずです。そこにDXやキャッシュレスなどのキーワードを掛け合わせて、新しい価値を開発していこうと考えています。

第5章:人生の林住期を楽しむ「目的のない散歩」と「予格」の生き方

―激動のキャリアを歩んでこられた栁瀨さんですが、最近はどのような心境で日々を過ごされていますか。

栁瀨氏: 最近皆さんに言っているのは、「目的のない生活、目標のない生活をお勧めします」ということです。

これまでのビジネス人生では、常に目的や目標、ノルマがある世界で生きてきました。でも今は、おかげさまでそれがない。例えば「散歩」はその最たるものです。健康のためという目的もありますが、自由にどこへ行ってもいいし、気まぐれに電車に乗って途中下車してもいい。

いつもそれではダメかもしれませんが、たまにはそういう時間があってもいいんじゃないかと思っています。

―非常に達観された境地ですね。

栁瀨氏: 「主格」と「予格(よかく)」という言葉を聞いたことはありますか? 「主格」は「私がこう思う」「私がこれをする」という、自分主体の考え方です。

一方、「予格」というのは、「与えられた格」という意味で、インドの文法などにある概念らしいのですが、自分の言葉や行動が、どこか外から降りてきて言わせられている、自分はあくまでその役割を与えられているだけだ、という感覚です。

最近、自分が何かを話していても、それは自分が言っているのではなく、誰かに言わされているのかもしれない、と感じることがあります。年を取って、だんだんそういう境地に近づいているのかもしれませんね(笑)。

―最後に、今後の抱負や、CR会のようなコミュニティに期待することをお聞かせください。

栁瀨氏: 私の周りでも、友人が亡くなったり、体が悪くなって出てこられなくなったりすることが増えてきました。

死は誰にでも必ず訪れるものです。だからこそ、残された時間でどれだけ楽しいことができるか、どれだけ人に喜んでもらえるかが大切だと思っています。

私は「利他」の精神が基本だと思っています。見返りを期待せずにギブ&ギブをする。そうすれば、結果として自分にも返ってくることもあれば、そうでないこともありますが、それでいいんです。

私が持っている人脈や経験という「持ち駒」を使って、若い起業家やCR会のメンバーが成功してくれたら、それが一番嬉しいですね。そして、彼らがまた次の世代に還元してくれるようなサイクルができれば最高です。

特定の「これと繋がりたい」という要望はありません。面白いネタがあれば何でも持ってきてください。それがどこに繋がるかは、その時に考えますから。そうやって予期せぬ化学反応を楽しんでいきたいですね。

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【編集後記】 「銀行員としては出世できなかった」と笑いながら語る栁瀨氏だが、その語り口からは、組織の枠を超えて自らの足で道を切り拓いてきた経営者の自負と、周囲への深い感謝が滲み出ていた。 「球体組織」の中心で、今日も栁瀨氏は誰かと誰かを繋ぎ、新しい化学反応を楽しんでいるのだろう。錆止めの技術から空飛ぶクルマのハブ構想まで、氏の視点は常に未来と、そして人の幸せに向けられている。

ここまで記事を読んでいただき、ありがとうございました。

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