中卒とび職人から女性エンジニア200名を率いる経営者へ|株式会社YNP 野中優祐が切り拓く新しいIT業界の形

中学卒業後、とび職人として働き始めた一人の少年が、今では従業員200名弱を抱える企業の代表となっている。しかも、そのエンジニア比率は100%女性。IT業界において、これほど独自性の高いポジションを確立している企業は他にない。

株式会社YNPを率いる野中優祐氏の経歴は、従来のIT企業経営者の枠組みには収まらない。進学という選択肢を持てなかった環境から、21歳で資本金1円での起業。そして現在、女性エンジニアの育成に特化したSES事業で着実な成長を遂げている。

「本音を言えば、高校には行きたかった」

そう語る野中氏の言葉には、飾りがない。とび職人時代の現場感覚、必死に働く母の背中から学んだこと、そして「人に必要とされること」を成功と定義する価値観。これらすべてが、今のYNPを形づくっている。

なぜ女性エンジニアに特化したのか。未経験者をわずか1か月の研修でどう育てているのか。2年でリーダー、4年でプロジェクトマネージャーという成長スピードを実現できる理由は何か。

野中優祐という経営者の軌跡を追うことで、IT業界における新しい可能性が見えてくる。

株式会社YNPと野中優祐という経営者

東京を拠点に、女性エンジニアに特化したSES事業を展開する株式会社YNP。従業員数200名弱、そのエンジニア比率は100%女性という、IT業界において極めて独自性の高いポジションを確立している企業だ。

代表を務める野中優祐氏の経歴は、一般的なIT企業の経営者とは一線を画す。中学卒業後、進学せずにとび職人の道へ。21歳でコールセンター事業を立ち上げ、その後、女性エンジニアに特化したSES事業へと舵を切った。

なぜ女性エンジニアなのか。なぜ未経験者を積極的に採用し、育成できるのか。その背景には、野中氏自身の原体験と、現場で培った独自の経営哲学がある。

原点は中学卒業後の「選択できなかった選択」

野中氏が中学卒業後にとび職人となったのは、家庭の経済状況という現実的な理由からだった。「本音を言えば、高校には行きたかった」と振り返る。
周囲が進学していく中、自分だけが働き始める。

当時は将来を考える余裕などなく、ただ目の前の生活を成り立たせることで精一杯だったという。この経験が、今の野中氏の価値観の土台となっている。

では、とび職人時代に何を学んだのか。

野中氏が最も強調するのは、「嫌なことは、その日のうちにやる」という姿勢だ。建設現場では、後回しが事故につながる。面倒なこと、気が重いことほど、先に片付ける。この感覚は、今の経営判断や組織運営にも直結している。

課題を溜め込まない。向き合うべきことから逃げない。経営の現場でも、不快な決断や困難な対応を先送りすれば、それは確実に「事故」となって返ってくる。野中氏の経営スピードの速さは、この現場感覚から生まれているのだ。

資本金1円からの起業 – 21歳で始めたコールセンター事業

21歳のとき、野中氏は最初の起業を果たす。事業内容はコールセンター。ただし、資金はほとんどなかった。

会社設立の登記費用で手元のお金をすべて使い切り、資本金は1円。「今思えば無謀ですが、やるしかないという気持ちだけでスタートしました」と野中氏は当時を振り返る。

ここで注目すべきは、野中氏の意思決定の軸だ。

「やらない理由」ではなく、「やる理由」だけを考える。これは、選択肢が限られた環境で生きてきた人間特有の思考回路かもしれない。リスクを緻密に計算し、準備を整えてから動く。そうした”正しい”起業のプロセスを踏む余裕も環境もなかった。だからこそ、野中氏の行動には躊躇がない。

母の背中が教えてくれた「女性の働き方」という課題

野中氏が女性エンジニアの育成に力を入れる理由は、幼少期の原体験に根ざしている。

母親はいつも働いていた。家に帰っても、母の姿はなかった。当時はそれが当たり前だと思っていたが、今になって分かる。家庭を支えるために、母は必死だったのだ。

「女性の働き方を、もっと支援できる会社をつくりたい」

この想いが、YNPの事業モデルの根幹にある。IT業界は圧倒的に女性エンジニアが少ない。だからこそ、女性が働きやすい環境を整備し、未経験からでもエンジニアとして成長できる仕組みを構築する意味がある。

野中氏のアプローチは、単なる社会貢献ではない。

市場には明確なギャップが存在する。女性エンジニアが少ないという現実は、裏を返せば、女性エンジニアを育成し、活躍の場を提供できる企業に対する需要があるということだ。社会的意義とビジネスチャンスが重なる領域で勝負する。これが、YNPの戦略的ポジショニングだ。

YNPという社名に込められた覚悟

株式会社YNP。この社名は「ユウスケ・ノナカ・プロデュース(Yusuke Nonaka Produce)」の頭文字から取られている。

自分の名前を社名に入れる。それは、この会社に起きるすべてのことに責任を持つという覚悟の表明だ。逃げ場を自ら断つ。野中氏のこの姿勢は、創業時から一貫している。

設立当初は完全に一人でのスタート。最初に採用したのが、現在も役員を務める原氏だった。出会いは飲みの場。会話の中で価値観が合い、「一緒にやろう」と声をかけたのがきっかけだという。

その後、横山氏がもともと社員として入社し、後に経営メンバーに。加藤氏は人材紹介会社経由での出会い。YNPの創業メンバーは、こうして徐々に形成されていった。

未経験から活躍できる独自の育成システム

株式会社YNPの最大の特徴は、未経験者を積極的に採用し、短期間で現場で活躍できるエンジニアに育て上げる育成システムにある。

入社後1か月の徹底研修

入社後1か月間は、ITの基礎知識とAWSを徹底的に学ぶ。この研修期間で、エンジニアとしての土台を固める。そして研修終了後、すぐに現場へ配属する。

ここでのポイントは、スピード感だ。

多くの企業では、未経験者を採用しても、長期間の研修や段階的な配属を経て、ようやく実務に就かせる。しかしYNPは違う。1か月の集中研修で必要最低限の知識とスキルを身につけさせ、すぐに実践の場に送り込む。

なぜこれが可能なのか。それは、研修内容が実務に直結しているからだ。ITの基礎とAWSという、現場で即座に求められる知識に絞り込んでいる。そして、現場配属後も継続的にフォローする体制が整っている。

未経験者採用で重視するのは「本気で変わりたいか」

野中氏が未経験者の採用面接で重視するのは、スキルではない。人間性と、本気で変わりたいと思っているかどうかだ。

「できないことも、毎日続けていると意味がわかってきて、楽しくなります」と野中氏は語る。初めは理解できなかったことも、継続することで腹落ちする瞬間が訪れる。その瞬間を経験できるかどうかは、本人の本気度にかかっている。

実際の成長スピードは、この採用基準の正しさを証明している。

未経験入社から2年でエンド直案件のリーダーになった社員。4年でプロジェクトマネージャーに昇格した社員。こうした事例は、YNPでは決して珍しくない。

取引先から高評価を得る理由

YNPのエンジニアは、取引先から高い評価を得ている。その理由は、技術力だけではない。

野中氏は「技術だけでなく、気遣いも研修で教えています」と説明する。コミュニケーション能力、報告・連絡・相談の徹底、チームワーク。こうしたビジネスパーソンとしての基本的な姿勢を、研修段階で叩き込んでいる。

さらに、YNPのスタッフの特徴として「勤怠が非常に安定している」点が挙げられる。これは、働きやすい環境づくりの成果だろう。

シングルマザーでも働きやすい環境 – 託児所の設置

YNPの本気度を示すのが、社内託児所の設置だ。シングルマザーでも安心して働ける環境をつくりたい。この想いを形にしたものだ。

現在、託児所の利用率は最大収容人数の約50%。子育てと仕事の両立を支援するインフラが、確実に機能している。

創業初期の最大の壁は資金繰り

順調に見えるYNPの成長だが、創業初期は決して平坦な道のりではなかった。野中氏が「一番苦労した」と振り返るのが、資金繰りだ。

SES業界の特性として、キャッシュフローが遅い。エンジニアを派遣し、業務を遂行しても、入金までにタイムラグがある。創業初期は特に、この資金繰りに苦しんだという。

それでも、野中氏は「経営者として一番辛かった時期」を問われると、こう答える。

「正直、ありません。日々楽しいし、最高です」

課題は常にある。困難も尽きない。しかし、それを「辛い」と捉えるのではなく、向き合うべき現実として淡々と処理していく。この姿勢が、野中氏の経営スタイルの核心だろう。

採用マッチングサービス「Uply」の開発

YNPは、SES事業に加えて、採用マッチングサービス「Uply」を開発している。

開発の背景にあるのは、採用する側としての課題認識だ。広告費をかけても媒体からの応募が少なく、費用対効果が合わない。それなら、自分たちで仕組みをつくろう。この発想から、Uplyは生まれた。

自社の課題解決のためにサービスを開発し、それを外部にも提供する。課題の当事者だからこそ、本当に必要な機能が分かる。Uplyの開発は、YNPの事業展開の柔軟性と実行力を示す事例だ。

経営で影響を受けた人物 – 西山知義氏と松村厚久氏

野中氏が経営者として影響を受けたのは、ダイニングイノベーションの西山知義氏と、ダイヤモンドダイニングの松村厚久氏だ。

両氏から学んだのは、事業を成長させるスピード感と、組織づくりの考え方だという。飲食業界で急成長を遂げた経営者たちの手法を、IT業界で実践する。野中氏の経営スタイルには、こうした異業種からの学びも反映されている。

「女性PMやリーダーが当たり前に活躍する社会」を目指して

野中氏が目指す社会像は明確だ。それは、「女性PMやリーダー層が当たり前に活躍している社会」である。

現状、IT業界におけるプロジェクトマネージャーやリーダー層に占める女性の割合は、決して高くない。YNPは、この現実を変えようとしている。

そして5年後、10年後のYNPの姿について、野中氏はこう語る。

「いわゆる『大手』と呼ばれる存在になっていると思います」

単なる願望ではない。現在200名弱の従業員規模を、さらに拡大していく具体的なビジョンがある。女性エンジニアに特化するという戦略的ポジションを維持しながら、規模を拡大する。この両立こそが、YNPの挑戦だ。

経営で大切にしている価値観 – 人とのつながりと誠実さ

野中氏が経営で大切にしている価値観は、「人とのつながりと誠実な精神」だ。

とび職人時代から起業、そしてYNPの成長に至るまで、野中氏のキャリアは常に「人」とともにあった。最初の社員も、飲みの場での出会いから生まれた。価値観が合う人と一緒に働く。この基本が、今も変わらない。

そして誠実さ。これは、自分の名前を社名に入れた覚悟とも通じる。誤魔化さない。逃げない。向き合う。この姿勢が、取引先からの信頼にもつながっている。

野中優祐にとっての「成功」とは

野中氏に「成功とは何か」と問うと、こう答えが返ってくる。
「人に必要とされること。お金も含めて、です」

ビジネスである以上、利益は重要だ。しかし、それ以上に、自分や自社が誰かに必要とされている実感こそが、野中氏にとっての成功の定義なのだ。
エンジニアに必要とされる。取引先に必要とされる。社会に必要とされる。そうした関係性の中に、ビジネスの本質がある。

家族を大切にする経営者 – 土日は必ず自宅で食事を

野中氏のプライベートを聞くと、経営者としての別の顔が見えてくる。

休日は妻と子どもと過ごす。趣味はゴルフ。そして、土日は必ず自宅で家族一緒に食事をする。このルールは、どんなに忙しくても守っているという。

母の働く姿を見て育った野中氏だからこそ、家族との時間の重要性を理解している。

経営者として会社を成長させることと、父親として家族との時間を確保すること。この両立は、簡単ではない。しかし野中氏は、それを当然のこととして実践している。

座右の銘は「いつか死ぬ」。限られた時間の中で、何を優先するのか。この問いに対する野中氏の答えが、家族との時間なのだろう。

IT業界を目指す女性へのメッセージ

野中氏は、IT業界を目指す女性に対して、こう呼びかける。

「できるか不安に考える暇があったら、まずはトライしてみてください」

不安や迷いは、行動の前に存在する。しかし、実際に動き出せば、状況は変わる。YNPには、未経験からエンジニアになり、リーダーやプロジェクトマネージャーとして活躍している女性たちがいる。彼女たちも、最初は不安を抱えていた。

未経験からエンジニアを目指す方へ

そして、未経験からエンジニアを目指す人には、こう伝える。

「できないことも、毎日続けていると意味がわかってきて、楽しくなります」

理解できない。難しい。そう感じる瞬間は、必ず訪れる。しかし、それは成長のプロセスの一部だ。継続することで、霧が晴れるように理解が進む。その瞬間の楽しさを、野中氏は知っている。

起業を考える若い世代へ

起業を考える若い世代には、こんな言葉を贈る。

「受けた恩は石に刻め、かけた情けは水に流せ」

人に助けられたことは忘れない。しかし、自分が人にしたことは、見返りを期待せずに忘れる。この姿勢が、長期的な信頼関係を築く。

株式会社YNPと野中優祐が示す、もう一つのIT業界の可能性

株式会社YNPと野中優祐氏の歩みは、従来のIT業界の常識とは異なる道を示している。

学歴や経験ではなく、本気度と人間性で人を評価する。女性エンジニアに特化し、働きやすい環境を整備する。未経験者を短期間で戦力に育て上げる。こうしたアプローチは、一見非効率に見えるかもしれない。

しかし、結果が証明している。

従業員200名弱、100%女性エンジニア、取引先からの高評価、未経験から2年でリーダー、4年でPM。これらの数

字と事実は、YNPのモデルが機能していることを示している。

野中氏の原点にあるのは、選択肢のなかった中学卒業後の現場経験と、必死に働く母の姿だった。そこから生まれた「女性の働き方を支援したい」という想いが、事業として結実している。

IT業界に新しい風を吹き込む株式会社YNP。そして、その中心にいる野中優祐氏の挑戦は、これからも続いていく。

ここまで記事を読んでいただき、ありがとうございました。

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